おはんこ日記

映画の感想など

コートを買った日曜日

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普段づかいのコートがもう1着欲しくなり、週末ショッピングモールに行った。
完全に遅れてしまったようで、ほとんど残っていなかった…

私の場合、いつも必要になるギリギリに見に行ってしまうから、店に物が置いていないということが良くある。
もともとファッションに興味があまり持てなくて、最低限の欲求しかないから乗り遅れてしまう。
最低限の欲求とは「周りから浮かないこと」だ。

 

「好きな恰好をすれば良い」という個性を尊重をするような言説を見ることもあるけど、そこにはある程度以上のお洒落をしているという前提があるように思う。
ヨレヨレの服でも良いという意味ではないような気がする。

ヨレヨレもそうだけど、「私は暑がりだから冬でも半袖短パンでいる!」とか「私は寒がりだから春でも真冬のコートを着る!」というのもあまり許されていない気がする。
多少寒くても、春とされる季節になったら春っぽいコートを着て浮かないようにしないといけない。
いつまでも真冬の分厚いコートを着ているのは「好きな恰好をする」という言葉に入っているのか…? 入っていないような気がする。

結局、周りから一目置かれるセンスの持ち主でない者は周りから浮かないように服装を選ばないといけないのだろう…
分かってはいるんだけど、私は周りと自分というものを捉えることが苦手で興味も持ちにくい。
ファッション誌を見て「良いな」と思うことはあっても、自分と結び付けて考えるのはかなり意識しないと難しい。

 

世の中、いろいろなレベルの服があり、同じようなデザインの服でもしっかりしたブランドのものとプチプラのものとでは微妙な、でも確実な違いがあったりする。
見る人はその微妙な違いを見て人を判断しているのだろうな、とは思うんだけど、私はどの程度のものを買えば良いのかと考えると、よく分からない。
(そもそも服装の部分以外でも馴染めていない気がするけど…)

 

乗り遅れて良いと思えるコートが見つからなくて、ショッピングモールの中や外にいた人たちのコートを1つ1つ見ながら、暗くなってしまった。
馴染むためには、コートを買うタイミングも外さないようにしないといけないんだろう…とか思ってしまった。

 

家に帰って、パソコンで数時間いろいろ見て、今からしばらく春先まで使えそうなコートを買った。
ある程度の値段のものを買った方が良いのか?とか思いつつ、結局はタイムセールで数千円のもの。
やっぱり見る人が見たら「もう少し良いコート着たら良いのに」とか思うのかもしれない。

 

自分のためにお洒落する、とか言われることもあるけど、結局人からどう見られるかは気にしないといけない。
それが分からないから、見た目のことを考えて対処するのに苦手意識がずっとあるし、興味も持てなかったんだろう。
今もそう…とはいえ、全く興味がないわけでもない気もする。
パソコン画面の中のいろいろなコートを眺めながら、「こっちよりこっちのコートが良いな」くらいの感想は持つ。

私は半日かけてこれ、と思えるコートを買った。
人からどう見られるかをかなり考えたけど、結局自分のセンスや感覚ではどうにもならないことを自覚させられた半日だった。
もっと良い選択はあったんじゃないか…と無限にある選択肢を眺めて思った。

それでも、私はこれが良いと思った、という開き直りのようなものが生まれた。
悪くない日曜日だった。届くのが楽しみだ。

 

今週のお題「自分に贈りたいもの」