おはんこ日記

映画の感想など

11月に読んだ本。

11月に読んだ本。3冊読んだ。

 

①『極限の思想 ハイデガー 世界内存在を生きる』高井ゆと里

この本を読んだきっかけはポジティブなものではない。

私の好きな作家、笙野頼子の『笙野頼子 発禁小説集』でこの著者が取りあげられていたから読んだ。

差別に対して敏感な感覚を持つはずのこの著者がどういう風にハイデガーナチスに協力したことを取り上げているのだろう?と興味を持って読んだ。
それが、結構冷淡な記述の仕方(日本の研究者が気にすべきことは他にある、みたいな)だったので驚いてしまった(参考文献は提示していたけど)
気にすべき点が他にあるにしても、ハイデガーナチスに協力したことについては事実なんだからもう少し気にした方が……って思ってしまった。

それより、私が、はあ?ってなったのは、p30の「存在」を定義することの難しさについて書かれた部分。

「存在」と対比する、定義することができる言葉として「人間」が挙げられている。
そこで例として「人間とは、言葉を持った動物である」と定義できるとしている。

「例えば、「人間」は「動物」というより大きな類の中の一つの主である。そして、人間は言語を用いる点で他の動物とは異なっており、それが人間を人間にしている本質的な特徴である、と仮に考えたとしよう」と仮定の話をしている。

仮定の話じゃないか、と思うかもしれないけど、よりによってそれを例えにするのか……と思ってしまった。
「人間とは、言葉を持った動物である」と言って、言葉を持つ、持たないで人間と動物を分けてしまえば、言葉を持たない人間は人間ではない、みたいに言えてしまうじゃないか、と思う。

障害者施設で「言葉をしゃべるか、しゃべらないか」で殺すか殺さないかを判断されて障害者が殺された事件が実際にあったのに、「言葉を持たない人間は人間じゃない」といった偏見が現代でも人々の心の中に実際にあるのに、なぜこの例えを用いたのか、ちょっと信じられない。

「人間とは、言葉を持った動物である」というのは、ものすごく扱いに注意しないといけない文だと思う。他の例を出せば済む場面でわざわざ出した意味が分からない。

私が過敏なのかもしれないけど、笙野頼子を糾弾する立場にあるほどに差別に敏感な著者なのだから、差別を助長しかねないことを例として挙げるのがよくわからない、と思ってしまった。

この著者は自分が想像できる差別には敏感だけど、他のことにはそこまでではないのかもしれない……だから、ハイデガーナチスに協力したことにも冷淡なのかもしれない。

 

②『テスカトリポカ』佐藤究

第165回直木賞受賞作。

メキシコの麻薬カルテルのトップのバルミロ・カサソラ、メキシコ出身の母親と川崎のヤクザの父親から生まれたコシモの2人の視点で主に語られる。

特にバルミロ…メキシコの麻薬カルテルのトップの話なんて共感のしようもないと思ってしまうが、アステカ神話に基づく独特の思想を持っていて、それが丁寧に語られるから、いつのまにか物語に引き込まれていく…

バルミロ・カサソラはあくまでトップに返り咲くこと、復讐することを目的にしているから、残虐なことも平気でする。

残虐シーンは多いが、怖がりの私でもなんとか読めたのは、あくまで物語として必要だからあるという作者の姿勢が見えるからだと思う。
ホラー小説みたいにわざと怖がらせるのが目的で書かれた小説とは書き方が違うと思う。ホラーの書き方がダメというわけではなく、単に私が読めないと言うだけ。

アステカ神話といえば、昔歴史マンガを読んだとき「アステカでは生け贄は生きたまま心臓をえぐり出されたが、生け贄は神に自分の心臓を捧げられるのを喜んだ」みたいな描写があったのを思い出すが…
実際は生け贄を確保するために戦争していたくらいなんだから、生け贄になりたい人は少なく、無理矢理生け贄にされた人も多かったんだろうな。

話としては、バルミロ・カサソラはじめ目的のために容赦なく悪事に突き進む男たちがいて、そこに圧倒的な力を持つ土方コシモが絡むんだけど…
最後、一気に展開して私も一気に読んだ。でも、コシモが思ったよりも跳ねなかった印象がある。少しモヤモヤ感はある。

それでも、メキシコの麻薬カルテルというあまり馴染みのない世界、暴力や残虐描写もある、長い小説なのを一気に読ませる、力強い作品だった。

 

③『ブラックボックス』砂川文次

第166回芥川賞受賞作。

いきなり自転車便メッセンジャーの仕事中の描写から始まる。
読みにくい…と思ったが、少しずつ主人公の置かれた状況が分かってきて引き込まれた。

だんだん主人公は結構…いや相当にヤバい人間であることが判明する。
税務署職員に暴力を振るって刑務所に入る。

 

もう言っちゃうけど、最初の感想が翻って、私にとっては最近の芥川賞受賞作(そんなに読んでないけど)の中では一番良かった。
同じ芥川賞受賞作の遠野遥『破局』のコピー「私を阻むものは、私自身にほかならない」という一文を思い出す。共通するものがある。

自分が自分であるが故に壁に囲まれてしまう。どこから間違っていたのかも分からないが逃げ道がない。誰のせいにもできない閉塞感に苦しめられてしまう。
そういうどうしようもなさがよく描かれていると思う。

激しい暴力を振るうという点で全然共感できないんだけど、実際そういう人間でないと分からないこともあるだろうし、そういう人間だからこその苦しみもあるだろうし……

めちゃくちゃ文章が上手い、とかではないんだけど、読みたいことが読みたいように書かれている小説だったので、満足しました。

 

感想書くのに時間がかかってしまったけど、書けて良かった。