久しぶりに本の話。
川端康雄『ジョージ・オーウェル——「人間らしさ」への讃歌』という本を読んだ。
1年近く前にブログの記事で見たのがきっかけで読み始めた記憶がある。
川端康雄『ジョージ・オーウェル——「人間らしさ」への讃歌』 - 紙屋研究所
図書館で借りては読み切れずに返し・・・を3回くらい繰り返した。
電車の中で読んだり、病院の待合室で読んだり、カフェで読んだり・・・
あまり図書館で借りたとか言わない方が良いのかもしれないけど、読み切れずに返すときにホワイトボードに読んだページ数を書いておき、読む本がないときに予約し直すようにしたら、時間を掛けて読み切ることができた。
2週間ずつの区切りが付けられるのが図書館で借りることの良さだろう。
そんなのがなくても読めるのが一番だが。
ジョージ・オーウェルはアメリカの中学校時代に授業で『動物農場』を読んだのが出会いだ。
この『ジョージ・オーウェル・・・」に米政府が『動物農場』や『一九八四年』を冷戦プロパガンダに利用したと指摘する箇所があるけど、実際にそう使われている状況で私も読んだのだった(冷戦は終わっていたけど)
国語と社会は同じ科目(Humanities)だった。『動物農場』を読みながら当時のソヴィエトについても学び、いかに共産主義が悪なのかを繰り返し教えられた。
ジョージ・オーウェル(これは筆名で本名はエリック・アーサー・ブレア)はそういう読み方を望んでいなかったようだ。
『動物農場』は当時はまだイギリスがソヴィエトと同盟を結んでいた時期で、批判することが難しい時期に書かれた。出版にも苦労した。
時代が変わると、世間の受け入れも変わる。
雰囲気に流されずに批判をすることの難しさと重要性を感じる。
オーウェルはそれなりに良い環境で生まれ育ち、優秀だったので奨学生としてパブリック・スクールに通った。
その中では恵まれた家庭ではなかったかもしれないけど、普通に良い大学を出て良い職に就くこともできただろう。でもそれをしなかった。
警察として植民地のビルマにいったり、貧民、失業者とともに放浪生活したり、内戦下のスペインで戦ったり、すごいバイタリティがある。
パブリック・スクール時代に知り合った友人や知り合いとも交流があって、作家業として売れない時代に助けて貰っている。
自分の生まれ育った環境に満足せずに、いろいろな世界を見て、怒りを感じてそれを表現する。それでも人間が好きなのが彼の生き方から伝わってくる。
自分のいる環境にいることさえも上手くできていない(能力のない)私からしたら、ジョージ・オーウェルは眩しすぎる。
それでも、『一九八四年』は読んでみたいと思っている。
自分のいる場所の見え方が変わるかもしれない。

